fragment no.4(short ver.)

僕が生まれた家はほとんど陽の当たらない旗型の長い通路の先にあって、
午後の一瞬だけその通路と一直線に太陽の光が差し込んで父の盆栽を照らしていた。

 

よく部屋の天井を蛍光グリーンのヘビが飛び回っていた。
母が心配して精神病院に連れて行ったけど異常はなかった。

 

商店街の音楽が、鍵っ子の僕の安心だった。

 

父があしたのジョーの絵を描いてくれた時、すげぇと思った。

 

友達の家で生まれて初めてCDを見た時、
虹色の宝石の様な輝きに大興奮した。
マイケルのBADだった。

 

嫌な事をされたり、している奴の目を見ると、
対象を観察しているような異様に冷たい目をしていた。

 

親が夫婦喧嘩をしているところを見た記憶がない。

 

ローソクのゆらめく炎をじーっと見つめてた。

 

音楽の授業で先生がクラシック音楽をかけると、
なぜか目の前にギリシャの風景が広がって心地よかった。

 

中一の時の席替えで、クラスのマドンナと偶然にも2回連続
隣同士になってしまったことに対して妬んだ男子クラスメイトが、
僕に嫌がらせを始めた。僕からすればこのマドンナ、
別にどーでもええわ、と思ってた。

 

テストの点数や通知表がどんなに悪くても、
親に叱られた記憶がない。

 

割り箸で作ったゴム鉄砲と懐中電灯を持って、
等々力不動に口裂け女を探しに行った。太ちゃんと。

 

スタローンの映画「ランボー」で、
パックリ割れた腕を自ら糸で縫うシーンを見て、
スゴイと思った。

 

生まれた家は8畳一間とボットン便所。
お風呂は庭に置かれたカプセル型浴室で家の窓からまたいで入っていた。
雨の日は背中に一瞬当たる雨が嫌だったけど、
その他は何も不自由を感じない大好きな家だった。

 

野良犬に追いかけられて泣きながら逃げた。
今思えばあの犬、コリーだ。

 

僕らガキんちょがうるさくて、
いつも家の中から怒鳴り声を上げていた近所のお兄さん、
通称「こわいおにいちゃん」の素顔を一度も見たことがない。

 

昔の二子玉川を知っている人は、
今の二子玉川をそんなに好きじゃないと思う。
みんな立ち退き料いくらもらえたんだろう。

 

18の夜、深夜放送でやってたツインピークスほど
待ちこがれたドラマはない。

 

地元のレンタル屋「ソクラテス」で「なんだこのヒト気持ち悪い」
と思って手に取ったVHS以降ファンになってしまった「清志郎」。
中1になったばかりの頃の思い出。

 

アンテナの向きを駆使してやっと受信できてた
神奈川テレビの洋楽チャンネル。「なんだこのヒト気持ち悪い」
と思って観ていた以降ファンになってしまった「アクセル・ローズ」。
中1になったばかりの頃の思い出。

 

熱を出すと、決まって見る夢があった。
本当に怖くて泣きじゃくっていた。
僕の四方八方を油だらけの歯車たちが囲んで、
じわじわと近づいてくるんだ。

 

体育館での全校集会。理由は忘れたけど舞台に呼ばれて、
袖の階段を昇りきった時にコケてしまった。みんなに大ウケ。
女子からはちやほやされるは、未だに親もその話を笑いのエピソードとしてしゃべってる。
でもあれね、実はウケを狙ってわざと転んだんだ。
要するに、子供ながら不純だったって話。

 

1時間目の休み時間、校庭でスネに大ケガをした。
保健の先生に早退して縫ってもらいなさいと言われるくらい
骨らしきものが見えて靴下は血だらけ。
僕は断固として帰りたくないと叫び教室へ戻った。
理由は、その日の給食が揚げパンだったからだ。
実際、揚げパンをしっかり食べてからソッコー帰った。