富津へ

デザインを担当しているバンドのアルバムジャケットを作っていた僕は、PCの前で頭を抱えていた。12月27日午後10時。年明けすぐに入稿しなければならない切羽詰まったスケジュールの中、このまま作業を続行すれば、どうにか明日にはクライアントにラフを提出できる。表1用に発注したイラストはギリギリ到着し、前もって撮影したアー写はすでにセレクト、レタッチも済んでいる。素材は揃っていた。しかし、何かが物足りない。このままでいいのだろうかと自分に問いかける。特別に好きなバンドでもあり、自分に妥協は許されなかった。僕は何度もデモ音源を聴き込み、素晴らしい歌詞と曲の世界に惹き込まれ、頭の中に映像となって浮かび上がってくる。これは映画だ。主人公が車に乗り、奇妙な世界へと迷い込むロードムービーのようだった。時間が刻々と過ぎる中、ある曲で僕はハッと気付かされた。この主人公と同じ道を辿り、その場所を訪れ、写真に収めようと思ったのである。曲と写真が織り成す物語が、このアルバムを一層ドラマティックなものにしてくれると確信したのだ。しかしこんな急な夜にカメラマンが引き受けてくれるとは限らない。まして打ち合わせにない事をしてボツになる可能性も十二分にあった。貴重な時間を無駄にできないし、わざわざ危ない橋を渡る必要があるのだろうか。しかし、このジャケットを完成させるにはその場所へ行くしかないという想いが強くなるばかりだった。そして決断した。急いで身支度を終えた僕は、カメラを抱え一人車に乗り込んだ。深夜の道路。車内に大音量で流れるデモ音源。年末のせいか辺りは異様に静かだ。車はノンストップで走り続け、長いトンネルに差し掛かる。何度も通った事のあるこの「穴」が、まるで異次元へと繋がる入り口の様に感じた。2時間ほどで現場に辿り着いた。辺りは暗闇に包まれ、風が強く吹いている。対岸に見える工場地帯の照明が海面をわずかに照らし、その動きから荒れた海がうかがえる。夜空に黒く大きく立ちはだかる鉄の展望台が不気味さを醸し出していた。僕は迷う事なく岬の先端へ向かい、三脚を立てた。強い風が体温を奪っていく。寒さに耐えながらスローシャッターを何度も切った。頭の中で曲が流れる。どこまでも暗く、強い風と共に荒れる海の恐怖を取り除くかのように、サビをずっと口ずさんでいた。年が明け、先日無事にアルバムは発売された。今日このブログを書く少し前に、携帯で何気なくバンドのインタビュー記事を見つけた僕は、少しだけ運命を感じる事ができたのである。僕の急で勝手な行動で捉えた海は、以前、ボーカルの兄がウィンドサーフィン中に不慮の事故で亡くなったその場所だったのだ。歌詞が車と男女で綴られているこの曲が、兄への追悼の曲だという事を今初めて知ったのである。僕がこのアルバムで一番好きな曲だった。

「富津へ 何もない海 消えた 波と 残る波」※

今、大好きなこの曲を聴くたびに、富津の強い風や暗い海、そこへ辿り着くまでの林道、夜空に輝く星と、その時に偶然見た流れ星を思い出す。あの日の決断は僕だけの意思ではなかったような気がする。もしかすると呼ばれていたのかもしれない。富津へ来いと。

 

※「特撮/ウインカー『富津へ』」より抜粋

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