fragment no.2

息も切れ始め、折り返し地点の野毛公園を後にした。どんなに辛く、誰も見ていなくとも、自分に負けたくない僕は最後まで走り切ると決めた以上、意地でも足を止める事はなかった。深夜2時頃、環八沿いを走り等々力渓谷の橋に差し掛かる。下に見る暗黒の渓谷が不気味に口を開いていた。普段なら気にせず通り過ぎ自宅まで走り切るはずが、なぜかこの日は違った。「決められた道から外れてやろう。運命を変えてやろう。」と頭をよぎった僕は、橋の脇にあるOTTOというイタリアンレストランから渓谷へ下りれる階段へ向かった。目が慣れないまま、1m先も見えない暗闇の階段を慎重に下りる。木のざわめき。想像以上に恐怖を感じている自分に喝を入れた。こんな事して何の得があるのか。何の意味があるのか。暇人か?いや、僕はすごく忙しい。自問自答するが答えは初めから分かっていた。目も慣れて、月明かりが川や周囲の木々の葉を照らしているのがよく見える。とてもきれいだ。人々が寝静まっている間、この木々たちはこうやって月明かりに照らされながら夜を過ごしている。聖域にでも入ってきた気分だった。僕は今ここにいなかったかも知れない。でも今ここにいる。選ぶ道一つで、世界も、心も、時間も変わる。等々力不動尊から上へ上がり、元のジョギングコースに戻って走り始めた。