fragment no.2

息も切れ始め、折り返し地点の野毛公園を後にした。どんなに辛く、誰も見ていなくとも、自分に負けたくない僕は最後まで走り切ると決めた以上、意地でも足を止める事はなかった。深夜2時頃、環八沿いを走り等々力渓谷の橋に差し掛かる。下に見る暗黒の渓谷が不気味に口を開いていた。普段なら気にせず通り過ぎ自宅まで走り切るはずが、なぜかこの日は違った。「決められた道から外れてやろう。運命を変えてやろう。」と頭をよぎった僕は、橋の脇にあるOTTOというイタリアンレストランから渓谷へ下りれる階段へ向かった。目が慣れないまま、1m先も見えない暗闇の階段を慎重に下りる。木のざわめき。想像以上に恐怖を感じている自分に喝を入れた。こんな事して何の得があるのか。何の意味があるのか。暇人か?いや、僕はすごく忙しい。自問自答するが答えは初めから分かっていた。目も慣れて、月明かりが川や周囲の木々の葉を照らしているのがよく見える。とてもきれいだ。人々が寝静まっている間、この木々たちはこうやって月明かりに照らされながら夜を過ごしている。聖域にでも入ってきた気分だった。僕は今ここにいなかったかも知れない。でも今ここにいる。選ぶ道一つで、世界も、心も、時間も変わる。等々力不動尊から上へ上がり、元のジョギングコースに戻って走り始めた。

fragment no.1

深夜3時頃、決まって眠気覚ましにコンビニへコーヒーを買いに行く。自宅で働いている僕は無性に外へ出たくなる衝動から、気分転換がてらコンビニへ行くような生活を送っている。着くと財布にお金が入っていない事に気が付いて店内のATMへ足を向けた。するとATMの真下で、酔っているのかぐっすりと眠る中年の男性がいる。少し小太りで、中年が着るごく一般的な服装。ホームレスではなさそうだ。ものすごく邪魔な場所に居るが僕は構わずその男性をまたぐような態勢でATMにカードを差し込んだ。「今ここでチンコを刃物で刺されたらどうしよう」などとしょうもない想像をしてしまい、股間を握りながらお金を下ろす。「すみませーん、ホットコーヒー Lでー。」適当に声をかけると、深夜勤務でテンションの低いアルバイト店員が品出ししていたパンコーナーからレジに駆け寄った。「ATMんとこで人寝てるよ。大丈夫?」「えっ?マジっすか?」店員は気付いていなかったらしい。すると同時に、レジ奥からこれまた小太りの中年店長が現れて「あっ、分かりましたすみませぇ〜ん。」と腰を低く言いながら眠っている男性の方へ駆け寄った。僕はコーヒーを片手に出口へ向かう。「お客さぁ〜ん、申し訳ないけど起きてぇ〜。寝ちゃったあ〜?寝ちゃったのぉ〜?」優しく声をかける店長。「…うん……寝ちゃった…。」甘えるような声で寝ていた男性がそう返した。僕はこの会話を背中で聞きながら店を後にした。人気の無い寒い夜道を歩きながら、僕の頭の中でこの会話がぐるぐると回り始める。いろんな複雑な感情が湧いてきたが、7割はこの中年男性2人に対する「尊さ」だと分かった。何てことのない、ありきたりな場面。

 

fragment no.1

 

チョップ

我が家の愛犬チョップが昨晩亡くなりました。
12歳と4ヶ月。
息を引き取ったのは深夜2時頃でした。
相変わらず僕は仕事していたので
最後を見届けてあげれたのが不幸中の幸いです。
こうやって逝ってしまうんだーと
最初は呆然としていましたが
腐敗を防ぐためにすぐに24時間スーパーに駆け寄り
発泡スチロール箱をいただき、氷を大量に買い
チョップの元へ戻りました。
すでに死後硬直が始まっていたので
慎重に手足を曲げてあげました。
妻を起こして知らせた途端
涙が溢れ出てきました。
年齢を考えても老衰かと思われます。
いつも隣りにあったケージの中が今は空っぽです。
かわいいいびきが聞こえないので静かすぎてさみしいよ。
僕の心も空っぽ。正直まだ実感が湧きません。
思い出が多過ぎてすごく悲しいけど
この悲しみも含めて、ただただ感謝したい。
ありがとうチョップ。
安らかに。

chopp