fragment no.3

銀座の采女橋交差点にホームレスのおじさんがいた。仕事の打ち合わせで訪れ信号待ちしている僕に「おにいちゃん、捨てる服があったら今度持ってきてくれ」と若干上から目線におじさんから声をかけられた。僕はためらいなく「ああ、いいですよ。」とだけ返事をしてビルに入っていった。打ち合わせが終わってビルから出ると、道路の反対側にいるおじさんが横になりながら僕に向かって手を挙げた。僕もためらいなく手を挙げ返した。2度目にそこを訪れたのは1ヶ月後くらいだ。服の事などすっかり忘れてしまっていた僕は、その交差点に着いた時にふとその事を思い出した。おじさんが居た交差点の角に目をやると、敷物と荷物らしきものは置いてあるがおじさんはいない。服を忘れた事に後ろめたさを感じた僕は少し安心した。打ち合わせが終わってビルから出ると、道路の反対側に下を向きながらよたよた歩いているおじさんが見えた。「あ」と思った矢先、おじさんがこちらを向いて、僕に向かって手を挙げた。僕は軽く会釈をして「忘れたー。今度ね。」と大きめの声をかけた。おじさんは中指ではなく、親指を立てた。すれ違うOLが僕とおじさんを交互に見ていた。「憶えてたんだなぁ」と少し感心しながら僕はその場を後にした。それ以来、銀座まで打ち合わせに行く機会がなく今に至っている。